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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)533号 判決

原告 箭野直次郎

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 南逸郎

右訴訟復代理人弁護士 藤巻一雄

被告 松田仁作

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 大野峯弘

主文

原告両名の被告両名に対する主たる請求および予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告両名の負担とする。

事実

原告両名訴訟代理人は、主たる請求および予備的請求として、それぞれ、「被告両名は、各自、原告箭野に対し金一、一〇〇、七〇〇円およびこれに対する昭和四五年二月二五日から完済まで年六分の割合による金員を、原告辻本に対し金四二八、四五〇円およびこれに対する昭和四五年二月二五日から完済まで年六分の割合による金員を、それぞれ支払え。訴訟費用は、被告両名の負担とする。」との判決並びに担保の提供を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告両名は、「金剛手袋株式会社」なる商号で手袋の卸販売を共同経営していたところ、右商号をもって共同で、原告箭野に対し別紙第一目録記載の約束手形三通(以下第一の手形という)を、原告辻本に対し同第二目録記載の約束手形三通(以下第二の手形という)をそれぞれ振出したので、原告両名は、右各手形を各支払期日に支払場所において被告両名に対し支払いのため呈示したが、いずれもその支払いを拒絶されたので、現にこれを所持している。

二、ところで、訴外金剛手袋株式会社は、昭和二三年一二月二二日設立登記され、形式的には法人格を備えているが、その実態は、被告両名が共同経営で完全に支配している個人企業である。すなわち、被告両名は、実の兄弟であって、もともと個人で軍手の製造販売業を営んでいたところ、税金の軽減のために右訴外会社を設立し、しかも、右訴外会社は、従業員は皆無で、働いている者は取締役の被告両名のみで、株式会社にふさわしい組織活動は全然しておらず、被告両名は右訴外会社の債務のために被告両名個人所有の不動産を担保に何回も提供しておって、被告両名のみが右訴外会社を完全に支配しているのである。そうすると、仮に、第一および第二の各手形を原告両名あて振出したのが右訴外会社であったとしても、所謂法人格否認の法理に基づき右手形は被告両名が共同で振出したものと同視せられ、したがって、被告両名はその振出人として右手形金の支払い義務がある。

三、しかして、原告辻本は昭和四二年一月二〇日被告両名から第二の手形金の内金二二、五五〇円の支払いを受けた。

四、仮に、以上の主張が認められないとしても、訴外金剛手袋株式会社は、原告箭野に対し第一の手形を、原告辻本に対し第二の手形をそれぞれ振出したので、原告両名は、右各手形を各支払期日に支払場所において右訴外会社に対し支払いのため呈示したが、いずれもその支払いを拒絶されたので、現にこれを所持しているところ、右訴外会社倒産後被告両名は原告両名に対し右訴外会社の原告両名に対する第一および第二の各手形の手形金支払い債務を連帯保証する旨約した。しかして、原告辻本は昭和四二年一月二〇日右訴外会社から第二の手形の手形金の内金二二、五五〇円の支払いを受けた。

五、よって、原告両名は、被告両名に対し、主たる請求として手形債権に基づき、被告両名が各自、原告箭野に対し第一の手形の手形金合計金一、一〇〇、七〇〇円およびこれに対する被告両名に本訴状が送達された日の翌日の昭和四五年二月二五日から完済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金を、原告辻本に対し第二の手形の手形残金四二八、四五〇円およびこれに対する右同附帯遅延損害金をそれぞれ支払うことを求め、予備的請求として連帯保証債権に基づき、被告両名が各自原告両名に対し右同手形金および附帯遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める。

と述べた。

被告両名訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、

一、請求の原因一の事実は否認する。第一および第二の各手形は、被告両名とは別個の法人格を有する訴外金剛手袋株式会社が振出したものである。

二、請求の原因二の事実のうち、右訴外会社が昭和二三年一二月二二日設立登記されて法人格を備えており、第一および第二の各手形を右訴外会社が振出したことおよび被告両名が兄弟であることは認めるが、その余の事実は否認する。

右訴外会社は、原告両名主張のとおり被告両名が共同経営で完全に支配している個人企業ではない。すなわち、右訴外会社は、手袋の製造加工および販売を目的として昭和二三年一二月二二日資本金三〇〇、〇〇〇円で設立登記された法人であって、みずから企業活動をし、その実体も法人であって、被告松田仁作は代表取締役、被告松田敬次は取締役にそれぞれ就任して、その機関として、右訴外会社が昭和四二年一月倒産するまでその会社経営に参加していたものであるから、被告両名の右訴外会社経営の行為は右訴外会社の行為であって、被告両名個人の行為でない。なお、右訴外会社が法人としての事業活動をしている実情を詳述すると次のとおりである。右訴外会社は、昭和二三年一二月設立当時訴外近畿メリヤス株式会社(昭和二一年頃設立された靴下製造販売および手袋の製造販売を業とする会社)から手袋製造販売部門の営業および登録編み機の譲渡を受け、昭和四四年中に右編み機合計一三六台を所有し、かつ、大阪莫大小工業協同組合および京都府莫大小工業協同組合に加入し、大阪商工局発行の購入票により登録店から原糸の配給を受け、京都刑務所および高松刑務所に機械設備を提供して委託加工契約をして、手袋を製造して訴外西部メリヤス株式会社に製品を販売し、昭和二五年一〇月に資本金を金一、〇〇〇、〇〇〇円に増額して、翌昭和二六年七月には富田林市大字富田林五三番地の二所在の宅地九三坪八合二勺を買入れて、同所に、事務所および工場建物を建設して、同年一一月本店を移転し、営業活動をしていたものであるところ、昭和二五、二六年にわたり配給の統制が撤廃されて自由販売をすることになったので、その後昭和三三年一二月大阪市西区阿波座南通一丁目四〇番地に営業所を開設し、同時に本社の工場を閉鎖して、昭和三五年五月これを他に処分し、販売に主力を置いて営業活動をすることになったが、その後昭和四二年一月に倒産するまでの間警察予備隊、国鉄、郵政局、大阪市交通局、高島屋および阪急百貨店その他多数の需要先と取引をなし、一方手袋の製造を刑務所等に委託加工させていたのである。そして、右金剛手袋株式会社の役員は四名ないし五名(内二名は非常勤)で、右訴外会社設立以来昭和三三年一二月本社工場閉鎖時までは事務員一名ないし二名を雇用し、昭和二六年七月右工場設置後同三三年一二月閉鎖時までは数人の工員を雇用し、その後昭和四二年一月倒産まで被告両名で会社の運営にあたっていたが、従業員は健康保険、厚生年金保険、失業保険に加入し、役員および従業員は源泉所得税を納入し、一方、右訴外会社は法人税および固定資産税を納入して、商業帳簿を備付け、一切の必要書類を作成し、昭和二三年一二月設立以来倒産まで満一七年余の存続期間中決算報告をし、これによると、わずか四年度が欠損で、その他は若干利益を上げており、その間、被告両名は役員報酬以外に右訴外会社の資金を個人的に自由にしたことは一度もなかった。しかるに、右訴外会社は、昭和四〇年頃より訴外丸一株式会社に手袋を継続的に売渡し、その売掛債権九、五九五、二四〇円を有していたが、同社からその支払いを拒絶されたために、遂に昭和四二年一月倒産を余儀なくされたのである。なお、被告両名は、その所有不動産を右金剛手袋株式会社の債権者(銀行等)に担保として提供している事実はあるが、右担保提供は、右訴外会社の取引上したもので、被告両名が共同経営者としてしたものでない。以上の次第で、右金剛手袋株式会社は、名実共に法人であって、被告両名の共同経営にかかる個人企業ではないから、本件の場合、原告両名主張の法人格否認の法理を適用することは相当でない。

三、請求の原因三の事実は否認する。原告辻本に第二の手形金の内金を支払ったのは訴外金剛手袋株式会社である。

四、請求の原因四の事実のうち、原告両名主張のとおり、訴外金剛手袋株式会社が原告両名あて第一および第二の各手形を振出し、原告両名が右各手形を各支払期日に支払場所において右訴外会社に対し支払いのため呈示してこれを拒絶され、現に所持していることおよび右訴外会社が原告辻本に第二の手形金の内金を支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

と述べた

証拠≪省略≫

理由

第一、主たる請求について

一、原告両名は、被告両名が「金剛手袋株式会社」なる商号で共同で第一および第二の各手形を振出した旨主張するので、まず、この点について検討する。第一および第二の各手形である甲第一ないし第六号証を見分すると、その振出人名義は、いずれも、「金剛手袋株式会社取締役社長松田仁作」と記載されていることが認められるところ、証人南宣一(一回)および原告両名は、それぞれ、右各手形振出当時被告両名は共同で個人で営業をしていたので、原告両名は、被告両名個人と取引をした旨供述しているが、≪証拠省略≫を考え合すと、右各供述部分はにわかに措信できず、他に原告両名の右主張事実を認定するに足る証拠はなく、≪証拠省略≫や右認定の第一および第二の各手形の振出人名義の記載要領を総合すると、甲第一ないし第六号証は訴外金剛手袋株式会社が作成したものと認めるを相当とし、したがって、これによると、却って、被告両名とは別個の法人格を有する右訴外会社が第一の手形を原告箭野あて、第二の手形を原告辻本あてそれぞれ振出したことが認められる。そうすると、原告両名の右主張は採用できない。

二、しかし、原告両名は、仮に、第一および第二の各手形を振出したのが右訴外会社であったとしても、本件の場合は、所謂法人格否認の法理が適用され、これにより、第一および第二の各手形は、被告両名が共同で振出したものと同視される旨主張するので、次にこの点について検討する。ところで、法人がその名義をもって取引等をなした場合においても、その法人格が全くの形骸にすぎない場合、または、かかる法人名義をもって取引等をなすことが法律の適用を回避するために濫用された場合においては、右法人名義をもってなされた取引等をその実質的な事業主である個人がなしたものと同視して、右取引等の相手方は、右個人に対し、右取引等より生じた債務の履行を求めることができるものと解するを相当とする。そこで、右の見地に立って本件を見るに、第一および第二の各手形を原告両名あてそれぞれ振出したのが訴外金剛手袋株式会社であることは前記認定のとおりであるところ、まず、原告両名は、右訴外会社が設立されたのは税金軽減のためである旨主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、≪証拠省略≫を総合すると、右手形振出当時、右訴外会社においては、被告松田仁作が代表取締役、被告松田敬次が取締役で、兄弟である右両名がもっぱら右訴外会社の事業の遂行にあたり、他に取締役および監査役各一名がいたが、これらの者は非常勤で殆んど右事業に関与していなかったこと、右当時、右訴外会社は、大阪市西区阿波座に営業所(建物の一部を他から賃借した間口二間、奥行八間の店で、裏に倉庫がある)を有していたが、他に営業所や工場もなく、従業員もおらず、毎年定期に法律に従って株主総会を開催することは殆んどなく、内整理の際開いたこと、被告両名はその所有不動産等を右訴外会社の債権者に担保として提供していること、しかし、右訴外会社の設立から倒産にいたるまでの経過や営業活動の詳細は被告主張の答弁二に記載のとおりで、右訴外会社は法人としての資産や収支の整理をしておって、その財産が被告両名の個人財産と混同されているようなことはなく、その株式は、被告両名が一部(資本金一、〇〇〇、〇〇〇円のうち、合計で金一五〇、〇〇〇円株)を持ち、他は親戚や知人が持っていること(これらの株主が単なる名目株主であることの証拠はない)、被告両名は、右訴外会社の右営業所とは相当離れた富田林市に自宅を有しているところ、右営業所には、「金剛手袋株式会社」なる看板兼表札が掲示され、入口のドアーにもその旨の記載があり、納品書、請求書、領収書、支払手形等にはすべて右訴外会社を表示していたこと、右訴外会社は、昭和三八年頃一度倒産し、昭和四二年一月に再び倒産したが、右倒産時には、会社としてその所有資産等を整理して債権者に清算して来たことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実によると、本件手形振出当時においては、右訴外会社は法人としての正常な組織活動を十分果しておらず、被告両名のみが実質上右訴外会社の経営全般を掌握してその遂行にあたっていたことが認められるが、右訴外会社の事業活動の全般から考察すると、右訴外会社は対内、対外的にもなお法人としての実体を有しておって、その取引が被告両名個人の取引と誤認されるおそれは殆んどないと考えられるから、本件の場合においては、法人格が全く形骸にすぎない場合であると断定することは困難であり、また、前記濫用にあたる場合であることも認めがたい。そうすると、原告両名の前記法人格否認の法理適用の主張も採用できない。

三、してみれば、前記一、二記載の主張を前提とする原告両名の被告両名に対する主たる請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

第二、予備的請求について

一、訴外金剛手袋株式会社が、第一の手形を原告前野あて、第二の手形を原告辻本あてそれぞれ振出したことは前記認定のとおりであるところ、≪証拠省略≫によると、原告両名は、右各手形をその支払期日に支払場所において右訴外会社に対し支払いのため呈示し、これを拒絶されたので、現に所持していることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二、原告両名は、訴外金剛手袋株式会社倒産後被告両名が原告両名に対し右訴外会社の原告両名に対する第一および第二の各手形の手形金支払い債務を連帯保証する旨約したと主張するので、この点につき検討する。≪証拠省略≫を総合すると、原告両名は昭和四〇年頃から右訴外会社と取引をしていたところ、同四一年一〇月頃、原告箭野が、他から訴外金剛手袋株式会社がダンピングをしている旨聞知したので、右訴外会社の大阪営業所へ出向いて被告松田仁作に右の点につき問い合わせたところ、右被告は、右事実を否定して「そんなことがあっても資材を売って、損をかけない」旨返事したこと、一方右訴外会社と取引のある訴外南宣一も同じ頃右の点につき右被告に問い合せたところ、右被告は、右被告の郷里である大阪府南河内郡太子町の債権者には迷惑をかけない旨返事したこと、ところが、翌昭和四二年一月右訴外会社は倒産して内整理に入ったので、その後同年八月頃原告両名および右南らが被告松田仁作方に出向いて右被告に支払いを督促したところ、右被告は、「絶対に迷惑かけないので待ってくれ」と返事し、その後右督促をくりかえしたが、右被告からは右と同じ返事があったこと、しかし、その間、右被告が、原告両名らに対し、右被告の生命保険契約(積立金一〇〇、〇〇〇円)を解約して、この払戻金と右被告の家財道具を売却した金とをもって原告両名らの太子町の債権者に対する支払いにあてたい旨提案したこと、そして、昭和四四年頃原告両名らが、弁護士と相談した結果、被告両名に対し、被告両名個人で保証する旨の書面を書いてくれるよう要求したところ、被告両名は、会社と個人とは別であるから個人としては責任を負えない旨回答して、右申し入れを拒否したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫ところで、証人南宣一(一回)および原告辻本は、それぞれ、右昭和四二年八月頃の交渉の際、被告松田仁作は、右被告が個人として支払うと約束した旨供述しているが、右証人南の証言は相当あいまいであり(右証人の証言(一回)によると、右証人は、被告松田仁作が太子町の者には迷惑をかけないと述べたことを右被告個人で責任を持つと云ったものとみずから一方的に解釈していることがうかがわれる等)、また、前記認定の経過(結局、被告松田仁作は保証の確約を要求されるとこれを拒否している)や右被告本人尋問の結果に照し、右各供述部分はにわかに措信できない。そこで、前記認定の事実より考察すると、前記認定の交渉の際被告松田仁作が原告両名らに述べた事柄は、連帯保証をすることを約束した言葉ではないから、右事実をもって原告両名主張のとおり右被告が連帯保証を約したものと認めるわけにはいかない(「損をかけない、」あるいは、「迷惑をかけない」と云ったことは、個人として責任を持つと誓約した意味には解釈できないし、自己の家財道具等の処分代金による支払いを申し出たことは、この程度において個人として支払いの責任を負うことを約したものではあるが、右の申出は右の限度の債務の代位弁済を約したもので、連帯保証を約したものでないと解され、仮にこれが連帯保証を約したものであると解されるとしても、右の限度額を明らかにする証拠はないので、これによっては、結局、右保証は認めるに由ない)。他に原告両名主張のとおり被告両名が原告両名に連帯保証を約したことを認めるに足る証拠はない。

三、そうすると、原告両名の被告両名に対する予備的請求も失当である。

第三、結論

以上の次第で、原告両名の被告両名に対する主たる請求および予備的請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記)

〈以下省略〉

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